【劇団四季】岡村美南さんのファンとしての在り方と今思うこと

岡村美南さん関連
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2010年5月30日。

私が初めて岡村美南さんを舞台で拝見した日です。あれからついに10年が経ちました。節目ということもあって、今改めて岡村美南さんについて感じている自分の正直な気持ちを書き綴っていきたいなと思います。

以前のFC2ブログにて、「岡村美南さんのファンでいること」という記事を書きました。あのときの気持ちと今の気持ち、また感じ方が変わってきた部分もあるので、この記事では当時の記事をリライトしつつ加筆していく形で「今の私」として書き進めていこうと思います。

そもそも岡村美南さんって…?という方は以下の記事にまとめているので、ぜひご覧ください。

岡村美南さんとの出会い

「出会い」っていう言葉はとても難しいものだなと思うんです。たとえば自分の結婚相手がいたとします。その人とはお付き合いする前に街中かどこかですれ違っていたけど当時はお互い認識していなくて、その後別の場所で会ってようやく互いを認識し、会う回数を重ねていくたび惹かれ合っていった…という場合で考えてみてください(突然何を言い出す)。

このケースにおける「出会い」って、最初に挙げたどこかですれ違ったタイミングではなく、初めて互いを認識した別の場所で会ったときを指すと私は考えています。このように、事実上出会ってはいるものの双方(もしくは片方)が認識していない場合、「出会い」という概念は成立しない気がしているのです。

なんで突然こんな気持ち悪い書き出しをしているかというと、まさに岡村美南さんとの出会いはこの例の通りだからでした。

冒頭に書いたように、私が初めて舞台で岡村美南さんを拝見したのは2010年5月30日。この日は当時全国ツアーを行っていた『55steps 劇団四季ソング&ダンス 55ステップ』の栃木・宇都宮公演を観劇していました。

しかしデビュー間もない岡村美南さんを知るはずもなければ、観た記憶もありません。なぜか、それは私が岡村美南さんを「認識」していなかったからです。だから結果として、「岡村美南さんを観た」という記録は残っているものの記憶には残っていないのです。そのため、私は2010年5月30日の公演を岡村美南さんとの「出会い」とは思っていません。あくまで「岡村美南さんを初めて観た日」として考えています。

では私にとって岡村美南さんとの「出会い」はいつかと言うと、それは4年後の2014年10月18日。当時四季劇場[海]で上演していた『ウィキッド』のエルファバ役でした。

2010年以降四季への熱がやや冷め始めていたこともあり、このときの私は四季から離れていた空白の4年間でデビューされた方や突出し始めた方はほぼ分からないという四季初心者状態に戻っていました。「エルファバ役 岡村美南」という字面は私にはまったく馴染みがなく、「岡村さんって誰…ああ、この前マンマのソフィーで観た人か」と思っていたくらいです。

ゆうき
ゆうき

四季初心者がよくやりがちな「岡村」「岡本」間違いです。皆さん、岡本美南さんじゃなくて岡村美南さんですからね!

そんな状態で観始めた1年ぶりの『ウィキッド』。学生なのでお金もありませんでしたし、どうせ一人で観るし、欲を出さずC席で観劇しました。いやぁ…ステージとの距離が遠かった。豆粒でした。でも、私はこのC席での観劇でかつてないほどに強い衝撃を受けたんです。

エルファバ役の岡村美南さんがとても丁寧なお芝居をされていて、至るシーンでエルファバに感情移入してしまい、「人生を踊り明かせ」でも幸せそうなエルファバの姿に大号泣。もちろん2幕ラストの「あなたを忘れない」もハンカチがびしょびしょになるほど泣きました。

心に与えるお芝居の影響って座席の位置と関係ないんだなということをこのとき初めて知ったと同時に、岡村美南さんという舞台女優さんの存在を強く意識するようになりました。まさにこの公演が、私にとっての岡村美南さんとの「出会い」でした。

岡村美南さんがご贔屓になった瞬間

私が岡村美南さんと出会った日=岡村美南さんがご贔屓になった日ではありませんでした。しかしこの日をきっかけに、私の中で岡村美南さんの存在は少しずつ大きくなっていきました。そうしていよいよ岡村美南さんを強く意識するようになったのは、2014年10月31日の『ウィキッド』です。

この日はフォロワーさんにお誘いいただいて、11月16日に東京公演千秋楽を迎える『ウィキッド』の見納めをしてきました。いざチケットをいただいたらまさかの最前列センター。これまで『ウィキッド』を最前列センターで観たことはなかったので、幕が上がる前からめちゃくちゃドキドキしていたのを今でも覚えています。


そしてこの公演は、私史上これ以上ないくらい泣いた公演です。岡村美南さんの表情をはっきりと観れる状態で観た彼女のエルファバは、まるで別人でした。こんなにもこの人は表情でお芝居をしていて、台詞の一つ一つもこんなに感情がこもっていたのか…と衝撃を受けました。本当にエルファバがそこに存在しているかのように感じて、岡村美南さんの丁寧すぎるお芝居に強く心を打たれたんです。終演後には、岡村美南さんに対する「好き」の感情が芽生えていました。

それから2014年12月21日の『劇団四季FESTIVAL! 扉の向こうへ』を最前列ドセンで観劇したときに、幕開けの「ハレルヤ」でセンターの舞台奥からステージ前方に向かって歩いてくる岡村美南さんのシルエット姿に激しく胸が躍り、一気に引き込まれ、終始岡村美南さんを目で追っている自分に気付きました。そして私は「自分は岡村美南さんが好きになっている」と初めて自覚したんです。

それ以降は、明らかに”岡村美南さんを観るために”劇場に通うようになりました。2015年1月上旬には、岡村美南さんを観るために1週間全通したこともあります。

このように、急速に岡村さんに対する好きの気持ちが強まり、私はいつからか岡村さんを「ご贔屓」と呼ぶようになりました。

岡村美南さんを好きになってから変わったこと

私がそもそも劇団四季を好きになったのは2006年に親に連れられて観に行った『クレイジー・フォー・ユー』の東京公演がきっかけでした。それ以降何度か四季の舞台を観劇してきましたが、当時は栃木に住んでいて、かつお金もなかった私は定期的に劇場に通うことなんてできませんでした。大学生になって上京し、劇場が物理的に身近になっても、先述したように四季熱が冷めていた私にとって劇場に通うという選択肢はなかったんですね。

しかし岡村美南さんと出会ったことを機に、私の生活は一変しました。この人のお芝居を観たいという想いから劇場に通うようになったことはもちろん、北海道や名古屋や大阪といった全国各地に遠征するようになったのも、岡村美南さんを好きになってからのことです。私の生活の中心は岡村美南さんになりました。

(昨年には岡村美南さんが出演された生放送の司会者の方の粋なはからい(?)で、その日東京から名古屋に生放送観覧のために向かって放送終了後即座に東京に帰っていった私のことが岡村さんに伝わってしまうという珍事件も起きました…笑)

これまでは正直新しいものを好まない性格だったので、当時再燃したてで四季初心者状態になっていた私が名前も知らなかった女優さんをここまで好きになるなんて思いもしなかったんです。安定を求めるタイプなのもあって、名前も知らない人よりはベテランさんを好きになる傾向が強かったので。だから、岡村美南さんを好きになったこともそうですし、岡村美南さんのファンになったことで経験したすべてが本当に新鮮でした。

私に新しい世界を見せてくださったのは、間違いなく岡村美南さんです。

※↓ここからガチ恋激重オタクの文章になります。

そしてよく思うのが、「推しと出会うこと」や「推しを好きになること」って世界規模で考えると相当な確率になるということ。世界には2019年時点で77億人という人がいて、日本だけで考えても1億3,000万人の人口があるわけです。そんな中でミュージカルを好きになること、劇団四季を好きになること、岡村美南さんを好きになることって確率で考えていくと0.000001%とかになるじゃないですか(適当)。

たとえば私が2014年10月18日に『ウィキッド』を観ていなかったら。たとえばその日の公演のエルファバ役が岡村美南さんじゃなかったら。たとえば岡村美南さんが劇団四季に入団していなかったら。たとえば私が劇団四季を好きじゃなかったら…。

このように色々なIFが考えられるわけで、たくさんの奇跡が重なって今に繋がっているんだなと思いました。だから私が岡村美南さんのファンになったことは必然ではないし、偶然の奇跡が重なった上での運命的なものだと感じています。

もちろん「もっと早く出会っていたら」とか「自分が観ていた2010年のソンダンで岡村さんを意識できていたら」とか、そういうことをたくさん考えたこともあります。でもきっと早く出会っていたところで私は岡村美南さんを好きはなっていなかったかもしれません。あの日、あの瞬間に岡村美南さんと出会ったからこそ、今こうして私は岡村美南さんのファンを続けていられるんだと思っています。


先程注意書きもしましたけど、こういう考え方も含めて、私は岡村美南さんに対する想いや愛が恐ろしいほど重いオタクです。それは自覚していますし、よく周りにも言われます。でも、こうして好きな人を胸を張って「好き」と言えることって凄く素敵だと思いませんか?何も恥ずかしがることなんてない、隠す必要なんてない。だから私は岡村美南さんが好きということを誰にも隠しませんし、むしろSNSはもちろん、家族や友人や会社の人にも、私のご贔屓さまは凄いんだよと自慢ばかりしています。

こうして出会えた大切なご贔屓さまを応援できる環境があるって幸せなことですし、私はこれからも岡村美南さんのファンである限り、胸を張って「好き」と言い続けていくんだろうなと思っています。同時に、ファンとして積み重ねてきた年月が今の私を形成してくれていると思っています。「岡村美南さんを好きな私」と繋がってくださった人がいて、嬉しいことにそんな私を好きと言ってくださる人がいます。中には「ゆうきさんのファンです」とまで言ってくださる方もいて、本当に恐れ多いのですが、めちゃくちゃ嬉しいです。

こんな私を受け入れてくれる人がいるってとても幸せなことですし、私は私らしくこれからも岡村美南さんのファンでいたいなと感じました。岡村美南さんのファンになれたことは、私の人生において大きな財産です。

岡村美南さんを好きになって良かったと思えたこと

岡村美南さんのファンになって5年以上。正直つらいなと思ったこともたくさんありましたけど、それよりも「この人を応援していて良かった」と感じることのほうが多かったです。

まずはやっぱり「幸福感」でしょうか。これは舞台が好きな人なら、ご贔屓がいる人なら誰でも一度は感じたことがあると思います。私の場合は、やはり岡村美南さんを観ることで得ることができます。

先述したように普段から熱量の高いオタクなので、当然舞台で岡村美南さんを観るとたくさん元気やエネルギー、感動をいただけるのです。岡村さんのお芝居も歌もダンスも表情も声も含め、全部が大好きだから、数時間でも堪能できるだけで恐ろしいほどの幸せを感じることができます。そして観劇後は、「やっぱり岡村美南さんは私の自慢のご贔屓さまだな」と思うし、「こんなに素敵なご贔屓さまのお芝居を観られた私は世界一の幸せ者だ」と思っています。本当に愛が重い。


もちろん毎回岡村さんも絶好調というわけではありませんから、声が出ないときもあれば台詞を噛むときもあれば小道具を客席に吹っ飛ばすときもあれば盛大に転ぶときもありました。不調なときもたくさんありましたけど、そんな中でも常に全力で舞台上においてその役を生きている岡村美南さんを観られるだけで本当に幸せだなと全力で感じることができました。特に、私が彼女を好きになるきっかけでもあった「丁寧なお芝居」を、あの頃と変わらないお芝居の姿勢を観ることができると「やっぱり岡村さんを好きで良かった」と思えたのです。

こうした幸福感は私を心から満たしてくれました。幸せオーラ全開で、多分間違いなくその瞬間は世界一の幸せ者だったと思います。

そしてもう1つが、「岡村美南さんの劇団四季俳優としての在り方」

スター制度を起用しない劇団四季は、劇団内においてスターを作りません。そのため俳優さん個人を強く売り出すことはせず、あくまでも作品のクオリティを担保するために俳優さんのレベルに差をつけないようなシステムを導入しています。

こういった経緯もあり、所属俳優さんの詳細なプロフィールやプライベート情報は基本的に明かされることはありません。中には独自でSNSを始めてファンと接点を持たれている俳優さんもいらっしゃいますけど、岡村美南さんはそれをされていません。そのため、私ですら岡村美南さんの好きな食べ物だとか趣味だとか、そういう基本情報ですらまったく知らないのです。時々テレビや雑誌などでご自身のことを語られるときもありますが、それ以外の情報は一切分かりません。でもそれでいいんです、だって劇団四季の俳優さんですから。

論点が変わってしまうので深くは触れませんけど、岡村美南さんご自身が「劇団四季の俳優である」という自覚を持たれている方だというのもファンとしては凄く嬉しいことでした。この方は、劇団四季の創設者でもある浅利慶太さんの教えをしっかり受け継いでいらっしゃる方です。SNSをやられていないのもその証拠でしょう。(四季のSNS問題は色々と思うところがありますが、触れるとめんどくさいので割愛します)

話を戻しますが、私が何よりも嬉しいと感じていることは、岡村美南さんご自身が舞台を心から愛しているということです。以前、岡村さんは雑誌のインタビューで以下のように語っています。

「観る天国、やる地獄」って言われることもあるくらいで。観て感動していただくのはありがたいことですし、私自身、その感動があったからこそ、ここにいます。でも、やっぱり大変な世界であるのは事実「楽しいか?」って聞かれたら、むしろ「苦しいか」って答えるかもしれない。じゃあなぜ辞めないのかっていうと、それは舞台が好きだから。私は舞台で感動できることを自分の経験から知っていますし、それをお客様にお届けできることに何よりの幸せを感じるんです。

岡村美南さんはとても芯が強い方で、自分がやると決めたことは真っ直ぐ突き通します。それが凄くかっこよくて、尊敬できる生き方だなと思っています。そして舞台が好きだから舞台に立ち続けてくださっているって、ファンとしてこれ以上の幸せはないと思うのです。

事実、私が2018年に一度四季から離れていて(よく色んな界隈をふらふらしています、すみません)2019年に再び四季に再燃したときも、岡村美南さんは変わらず舞台に立ち続けてくださっていました。私が岡村美南さんと「出会って」から5年以上の月日が経つわけですが、変わらずにそこにいてくださるって本当に恵まれていることだなと思います。今の時代だからこそ強く実感しますが、劇場に行けば会えるって当たり前のようですけど当たり前ではありませんからね。

そしてここで少しだけ話がそれますけど、私が高校生だった頃は、当時まだ劇団四季に所属されていた濱田めぐみさんを応援していました。しかし先述したように思い立ってすぐ劇場に行ける環境ではありませんでしたし、家族で東京に遊びに行って観劇してもなかなか濱田めぐみさん出演回には当たらず…という感じで、物凄く大好きで会いたいのに全然会えなくて、悔しくて悲しくて家で大号泣していたことが何度かあります。

悔しい想いをたくさんして、2009年12月23日に『アイーダ』の東京公演でようやく濱田めぐみさんを生で拝見することができたのですが、もうあり得ないくらい泣きました。大好きな人を観られることの嬉しさってこんなに凄いことだというのを身をもって実感したエピソードの1つです。こうした経験をしているからこそ、岡村美南さんに劇場で会えるということが本当に幸せに感じています。

こうして数々挙げてきたように、岡村美南さんを好きで良かったと感じる瞬間はたくさんあります。ファンとして誇りを持てることもそうですし、好きな人を応援し続けられることも本当に幸せです。そして何より、岡村美南さんに出会えて好きになれたことが本当に幸せですし、私の自慢なのです。

岡村美南さんを通じて知った「好き」の力

私は熱しやすく冷めやすいタイプの人間で、これまでに演劇だけではなく、アニメやアイドルなど色んなジャンルにハマっては推しを作り、毎度高い熱量で応援をしてきました。根っからのオタク気質です。どの界隈でもたくさんのことを学んできましたが、そんな中でも岡村美南さんから学んだのは、自分の人生を大きく変えるようなことでした。それは「好きという気持ちは何よりも力がある」ということです。

ここからややショッキングな話題にもなりますが、このあとの話に繋がってくるため赤裸々にお話しします。

私は2018年の夏に抑鬱状態が悪化し、鬱病にかかりました。毎週精神科に通い、カウンセリングを受けて薬を飲んでワークショップを行って…と様々な治療を試してきたのですが、全然抑鬱状態から脱することはありませんでした。趣味にも興味が湧かず、楽しいという感情を失いながら日々を過ごしていました。

そうして半年間鬱病と闘い続けてきながら迎えた2019年1月。元々チケットを取っていた劇団四季の新作ミュージカル『パリのアメリカ人』東京公演を観劇しました。その公演に出演されていたのは、私がずっと大好きだった岡村美南さんです。

こうして私が再び四季から離れていても、心の病気を患っていたとしても、岡村美南さんはあの頃と変わらず舞台に立ち続けてくださっていたこと。そして、人一倍輝いていたこと。丁寧なお芝居、圧倒的な歌唱力、包容力に溢れた笑顔。大好きだった岡村美南さんのすべてを観られたこと。すべてが「あの頃と変わっていなかった」ということにひどく安心したと共に、とてつもない高揚感を与えてくれました。

そしてこの「あの頃と変わっていなかった」という事実が、当時の楽しかった記憶を思い起こさせてくれたのです。「観劇するのって凄く楽しい」「大好きな人のお芝居を観るのが幸せ」と、どんどん自分にポジティブな感情を湧き起こさせてくれました。それからは毎週のように岡村美南さんに会いに劇場に通いました。観劇するたびに岡村美南さんから元気をいただいて、観劇後の幸福感で私の抑鬱状態が徐々に軽くなっていくのを感じました。


初めて『パリのアメリカ人』を観劇してから1ヶ月後の2月下旬。私はいつも通り精神科に行き、現在の心の状況を先生に話しました。そして「これが本来のゆうきさんですね」と先生に仰っていただくことができ、私は半年通い続けた精神科の通院をこれで最後にしたのです。

この経験を通して、私は「好き」という気持ちは大きな力を持つということを実感しました。どんな治療より、どんな薬よりも効果がある。こうやって人を前向きな気持ちにさせてくれる。人を救ってくれる。生きようと思える。人生が楽しいと感じられる。

だから私は「好き」という気持ちには正直になろうと思いました。そして、岡村美南さんを通して知った「好き」という気持ちの力や大切さを、これからも大事にしていきたいと思います。

「ご贔屓」の存在について

ここまでかなり長くなりましたが、これよりこの記事においてもっとも気持ち悪いセクションに突入しますことをお知らせいたします。愛が重いだけではなく、言葉の節々から気持ち悪さが果てしなく伝わってくるかと思いますが、どうか耐えてください。

さて本題に入ります。

こうして岡村美南さんを好きになってからの約5年間を振り返ってみると、自分にとって「ご贔屓」の存在ってどういうものなんだろうというのが分かるようになってきました。と言うのも、私が岡村美南さんのファンになりたての頃に、以前のFC2ブログに「ご贔屓」という存在について自分なりの考えをまとめた記事を書いたことがあるのです。その記事の中で、当時の私は「ご贔屓」という存在について以下のように解釈していました。

いつか岡村美南さんというご贔屓さんを改めて舞台で拝見する時。
濱田さんの時に感じたような言葉に表せないほどの感動や涙が、溢れてくるのかなと。
きっとそれを感じた時に、私にとって岡村さんが本当のご贔屓さんになるんだろうなって思ってます。

この中に登場する「濱田さん」とは、先述したように以前私が大好きだった濱田めぐみさんを指します。当時の私はこのように、濱田さんと岡村さんを比べていました。しかしこの考えはとても安直で、双方にも失礼だなと今改めて読み返しても感じます。岡村美南さんは岡村美南さんでしかないですし、濱田めぐみさんの代わりでもありません。なので、今改めるのであれば「私にとって岡村美南さんがどういう存在か」という点を軸に考え直す必要があると感じました。

ゆうき
ゆうき

これよりガチ恋感情激重オタクの詩人化がスタートいたします。

私にとって岡村美南さんは、「太陽」です。

私の人生を明るく照らしてくれる、優しくて温かい存在。お姿を拝見すると元気やエネルギーをいただくことのできる、かけがえのない存在。

一生手を伸ばしても届かないけど確かにそこにいてくださって、圧倒的な存在感で惹きつけてくれる。眩しすぎて時々目が眩んでしまうこともあるけど、いてくださるから活力が湧いてきて、人生が楽しくなる。そう、私にとって「ご贔屓」とは「太陽そのもの」なのです。多分皆さんの中にもそういう考えの方っていたりしませんかね…。

ちなみに2017年に放送された富山テレビの岡村美南さん特集番組の中で、岡村美南さんの小学生時代の担任の先生がご出演されていたのですが、その方は岡村さんのことを「ヒマワリのような人」と仰っていました。小学生の頃から岡村美南さんはヒマワリのように明るい存在だったようです。そして大人になった今でも、岡村さんご自身がとても明るくて太陽のような人であることは変わっていません。だからこんなに岡村さんに元気をいただけるし、惹きつけられるんだなぁ…って凄く納得できました。

もちろん当時の自分のように「こういうことがあったら本当のご贔屓」と定義づけるのも悪くはありません。しかし、「ご贔屓とは何か」とわざわざ定義を見つける必要はないんだなと気付きました。だって、どうであれ私にとって岡村美南さんは紛れもなくたった一人の大切なご贔屓さまだからです。

こうしないとご贔屓じゃないと定義や条件を設ける必要はなかったのです。岡村美南さんがいてくださる、それだけで私は幸せになれます。その中で、自分にとって岡村美南さんってどんな存在なんだろうなぁ…って見つけることができたわけですから。

この考え方もまた数年後には変わっているかもしれません。しかし、今感じている気持ちを大切にしたいです。皆さんもぜひ、自分にとって「ご贔屓」ってどういう存在だろうということを考えてみてください。きっと、より一層ご贔屓さまに対する「好き」という気持ちが大きくなるでしょうし、愛しさが増すと思います(何様)。

岡村美南さんのファンとしての在り方

振り返ってみると、岡村美南さんのファンとして活動してきた5年間色んなことがありました。本当に楽しいことばかりで、私の人生は間違いなく岡村美南さんのおかげで充実しました。そして6年目、7年、8年…と続いていくこれからのファン人生についても考えていきました。自分はどんなファンになりたいのかな、と本気で考えました。

その中で導き出したのは「誇れるファンになる」「自分らしく応援していく」「自分の気持ちに従って応援する」の3つです。

まず1つめの「誇れるファンになる」はそのままの意味ですが、ファンとして正しい形で応援できるようにしたいと思っています。じゃあどういうことが誇れるファンなのかという定義を考えたときに、実を言うと正解はないと考えています。これは発想の転換で、逆に岡村美南さんのファンとして誇れないファンにならないことでもあるのです。

ファンの存在って実は応援している人そのものの評価や印象に直結してしまうんです。マナーを守らないとかSNSで過激発言をするとか、そういう自分勝手な行動は結局「〇〇さんのファンが~」と言われ、ご贔屓さまにも少なからず影響してしまいます。そういう意味でも、ファンが足を引っ張らないように気をつけなければなりません。そうした当たり前のことを当たり前にできる、そんな些細なことをできるファンでいたいなと思いました。

続いて2つめの「自分らしく応援していく」。これは劇団四季の大ベテラン女優の青山弥生さんが以前テレビ番組に出演されたときに話していたエピソードがきっかけとなっています。

青山さんは四季に入った当初、先輩方から「他人の時計を見るなと教えられたそうです。この言葉の意図は、「同じことを習ってもすぐに出来る人と出来ない人がいる。覚えることや身につけていくこと、そして成長していくこと。人にはそれぞれペースがあるから、他人の時計を見て時間を気にするのではなく、自分の時計を見て自分の時間を大切にしなさい」というものでした。

これは俳優さんだけではなく、ファンにも言えることだと思います。他人の応援の仕方を見て焦ったり羨ましがったりする人って少なからずいるんですよね。たとえば、全国どこにでも遠征してしまう人だったり、ご贔屓に認知されている人だったり…上を見ればたくさんの凄いファンがいます。そういうファンを見て、嫉妬の気持ちが湧き上がる人っていると思うのです。私だってそんな感情を抱いたことは過去に何度もありました。

しかし、結局は他人は他人、自分は自分。真似をしても、その人になることはできません。自分は自分として生きていかなければなりません。「あの人がこうしているから自分もこうしなきゃ」という応援の仕方は、すでに自分らしさを失った、模倣でしかないのです。

だからこそ、他人の時計(=応援の仕方)を気にすることなく、自分らしく応援していきたいなと思っています。無理をするのではなく、自分のペースで自分らしく。これが一番楽しい応援の仕方だと思いますし、ファンとして伸び伸びと応援できる形なのだと信じています。

そして最後の「自分の気持ちに従って応援する」。これは「推しは推せるうちに推せ」という言葉に基づいた考え方です。この言葉はどの界隈でもよく使われますし、実際私もよく使います。その際に「後悔しないように」という枕詞をつける人もたくさんいると思うのです。でもこの「後悔しないように」という言葉の裏には、義務感や使命感があると私は考えています。

要するに「後悔しないように〇〇しなきゃ」と言葉は続くわけで、「しなきゃ」は義務感と同意。義務感ゆえの行動って、実は何かに突き動かされているわけで自分の心に従っていないんですよね。確かに時間は無限ではないので、限られた時間の中で後悔しないように応援するためには、動かなければなりません。でも後悔しないように応援したところで、後悔してしまうことはたくさんあります。それは「後悔しないために動いたのに…」と結果的にさらに大きな後悔を生むことになるのです。

それなら、「後悔しないように」ではなく「自分がそうしたいから」応援したほうが何倍も楽しいと思いませんか。義務感ではなく、自発的な行動への方向転換です。「自分が観たいから観劇する」「自分が行きたいから遠征する」「自分が欲しいから購入する」といった自発的な気持ちって、好きなことを続けていく上でとても大切なことです。自分の心に従って応援できれば、きっといつも以上に楽しくオタ活ができるでしょう。

ちなみに、岡村美南さんは「未来とは今である」という言葉を大切にされています。「今その瞬間が未来に繋がる」という意味の言葉ですが、今があるから未来があるという考え方はとても素敵だと思います。

私は基本的に未来よりも今を重視するタイプの人間なので、貯金は一切なくすべて「今」に費やしてしまいます。だから通帳が底を尽きるくらい劇団四季に投資して、岡村美南さんを全力で応援しています(そのためよく親には「貯金しろ」と怒られています…)。でも本当に今が未来に繋がるというのであれば、きっといつか楽しい未来が待っているに違いありません。後悔よりも、充実感でいっぱいになっていると私は信じています。

くわえて「心に従う」という点においてもう1つ補足ですが、私は盲目的かつ宗教的なファンにはなりたくないと思っています。応援している人がたとえば間違ったことしていたり自分にとってこれは違うなと思うことがあったりしたときに、目を瞑って「それでもいい」とは思いたくないのです。ファンだからこそ時には厳しい目で見なくてはならないといけない場面もあるでしょう。

もちろんわざわざ粗探しをする必要はありません。わざわざ見つけた欠点を指摘するのは、ただの「批判」になってしまいます。普通にお芝居を観ていて「ここはもっとこうだったらいいのになぁ」と思う箇所があれば、「でもご贔屓がこうしているんだからこれでいいや」と思うのではなく、「ここをもっとこうしたらもっと素敵なお芝居になるのにな」と素直に自分の思ったことを受け入れるようにしたいということです。

ご贔屓のすべてを受け入れてしまうと、それ以上の発展の見込みはありません。それ以上「好き」の気持ちが大きくなることはないと考えています。応援をする上で「自分の意見」を持つことはとても大切です。だからこそ、自分がもっとその人のことを正しく好きになれるように、盲目になってごまかすのではなく自分の心に従って応援できるファンになりたいなと思いました。

長くなりましたが、以上のようにこれからも私は岡村美南さんのファンとして「自分らしく自分の心に従いながら」応援していきたいです。そんな自分を誇らしく思えるように、自分の「好き」の気持ちを信じて、真っ直ぐにファンを続けていこうと思います!という謎の宣言セクションでした。

今私が思うこととできること

ここまでが過去に私が以前のブログに書いていた「岡村美南さんについて」の記事の内容でした。かなり大幅に修正や加筆をしているので、これまでに書いたことは過去の自分の気持ちをアップデートした現在の私の気持ちそのものです。相当気持ち悪かっただろうにここまで読んでくださり、ありがとうございました。しかし、あと少しだけ語らせてください…。

最後に触れていきたいのが、2020年になってからまだ一度も岡村美南さんは舞台に出演されていないという点です。

岡村さんが最後に舞台に出演されたのは2019年12月8日の『パリのアメリカ人』名古屋公演。その日は公演終わりに松坂屋でトークショーイベントがあったのでそちらに参加し、その後ファンの前に姿を見せていません。

本来であれば2020年3月28日開幕の『マンマ・ミーア!』横浜公演に出演され、ドナ役でデビューされているはずでした。しかし新型コロナウイルスの影響で残念ながら開幕できず。本番に向けて稽古を進められてはいたものの、未だにドナデビューは果たせていないのです。2020年が半分近く終わりかけている今も、岡村美南さんは一度のステージに立てていません。

2019年12月1日に劇団四季の舞台デビュー10周年を迎えた岡村さん。ご本人は多分そういう節目をそこまで意識されている方ではないと思うのですが、11年目という中堅からベテランに向けてさらに躍進されていくタイミングという意味でも、きっと彼女なりに2020年の豊富はたくさんあったと思います。

だからこそ舞台を愛してやまない岡村さんがこうして大好きな舞台に出演できないということは、誰よりも彼女が一番悔しいはずなのです。稽古も出来ずにずっと自宅待機の状態が続いていると思うので、そんな中で岡村さんはどんなことを感じているのかな…って凄く気になっています。


2020年4月に公開された劇団四季の俳優さんが有志で行ったテレワーク大合唱の動画に岡村さんが参加されていなかったことから、生存確認をすることはできませんでした。彼女が今元気なのかどうか、そしてまだ在団されているかどうかすら分かりません。もしかしたら退団してしまっているかもしれません。彼女が今どういう状況なのか、一切把握できていません。本当に怖いし不安です。

でも、私たちはただ信じて待ち続けるしかありませんでした。不安で仕方ないですし、もし辞めちゃっていたらどうしよう…とネガティブなことばかり考えてしまいますが、やはり今私たちに出来ることは岡村美南さんを信じるということだけです。応援するファンが信じないで、誰が信じるのか。応援する私たちが落ち込んでいてどうするのか。こう教えてくださった方がいました。凄くハッとしました。

劇団四季も他の劇団も、演劇業界全体が今必死に前を向きながら頑張ってくれています。そんな演劇業界を支えられるのは、私たちです。直接支援はできないかもしれないけど、また私たちが劇場に足を運べるように、俳優さんたちが舞台に立てるように、演劇業界がまた盛り上がれるように、全員が前を向いて信じることが大切なのだと気付くことができました。それが今、私たちにできる最大限のことだと思っています。

確かに岡村美南さんの生存確認ができないことは私にとって不安でしかありませんが、「舞台が好きだから」という理由で舞台に立ち続けてきた彼女なら、きっとまた劇場で会えるだろうと信じています。つらい日々の連続でしたけど、無事に岡村さんが舞台に立つことができる日が来たら、私は絶対に劇場に駆けつけたいです。そして惜しみなくたくさんの拍手を送りたいです。

そしてこの新型コロナウイルスによる様々な事態を受けて、今改めて思うことがありました。それは「当たり前は当たり前じゃない」ということです。先ほど「推しは推せるうちに推せ」ということについて触れましたが、本当にいつ何が起こるか分からないんだなと身をもって実感しました。

「”劇場でお待ちしています”、そんなありきたりな言葉の意味を今までは何も解していなかった」とメッセージをくださった方がいます。私も劇場に行けば会えるとこの5年間で身をもって知っていたし、当たり前のように感じていました。しかし、これは決して当たり前なことではなかったんだと強く思い知らされています。

だからこそ、毎公演観劇できることのありがたみを噛み締めると共に、ご贔屓のお芝居を劇場で観られるということの奇跡を心から実感したいなと思いました。これまでも「当たり前じゃない、奇跡なんだ」と思いながら観劇していたつもりでしたが、やはりどこか傲慢になってしまっていた部分があったと思います。でもこれからは、きっと観劇に対する意識も変わるし、応援することの難しさとありがたみをさらに感じられるでしょう。

今回のことは演劇業界にとってもファンにとっても苦しいことばかりで心が痛みましたが、今回学んだことを受けて私たちは変わっていく必要があります。演劇業界の在り方もきっと変わっていきます。明けない夜はない。そう信じて、自分にできる正しいことを、一歩ずつ進めていきたいなと思いました。

最後に

かなり長くなってしまいましたが、まずはここまで読んでくださり本当にありがとうございます。多分吐き気がするくらい気持ち悪かったでしょう…。私も自覚しています。

さて、冒頭にも書きましたように2020年5月30日は私が初めて岡村美南さんを拝見してから10年という節目の日でした。去年からずっとこの日は絶対に岡村さんを舞台で観ると決めていたくらい、なんとなく自分の中でふわっとした記念日になっていました。

結果としてこのような形で10周年を迎えることとなり、悔しさと悲しさでいっぱいです。でもその感情だけでこの日を迎えてしまうのも居た堪れなくて、今回改めて自分にとって岡村美南さんがどういう存在なのか、今自分にできることは何なのかを見つめ直すことにしました。

文字数としては15,000文字超え…。ここまで書けることがあったのかと驚きもあれば、これでも語り尽くせていないという不完全燃焼さも少しだけあります。でもこうして文字に起こしてみると、意外と感情って落ち着くものなんですよね。そしてそれを自分自身の心と脳に把握させることができるので、ある意味自分を客観視できて冷静に物事を考えることができます。

しかし冷静になって客観視してみても、やっぱり出てくる結論は「自分は岡村美南さんが大好きだ」ということでした。離れた時期もあったけど、私にとって岡村美南さんという方は自分の人生でかけがえのない人です。こんなに素敵な方に出会えて、こんな素敵な方を好きになることができて、本当に本当に心から幸せです。こんな素敵な人を好きになった自分を褒めたいですし、これからも誇りに思っていきたいです。

今は苦しい時期かもしれませんが、「好き」という気持ちの力を信じ、明るい未来を信じ、そして何より岡村美南さんを信じて、前を向きたいと思います。

これからの人生、岡村美南さんにどんな景色を見せていただけるのかがとても楽しみで仕方ありません。そしてこれからも、私は私らしく全力で岡村美南さんを応援していきたいです。こんなに暑苦しくて気持ち悪いファンですが、どうぞこれからも温かく見守っていただけますと幸いです。

ということで、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!(ブロックしないでください)

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