2020年8月14日マチネ 『イヌビト~犬人~』

演劇全般
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ゆうき
ゆうき

夏休み2日目!

日時:2020年8月14日マチネ公演
場所:新国立劇場 中劇場
座席:1階S席14列37番

はじめに

夏休み2日目は8日マチネ公演以来の『イヌビト』です!今回がMy楽となるので、前回よりも細かく作品を観ておきたいなと思いました。本当にねぇ、劇団四季の『マンマ・ミーア!』と公演時期が被ってしまったことによって、しかもそっちに私のご贔屓が出ているのでそっちばかり行ってしまって結局『イヌビト』は2回だけとなってしまったことが悔やまれます…。『イヌビト』もあと5回…いや10回は観たかったです。

前回観たときに凄く内容もダークで面白いし、何より松たか子さんを存分に堪能できるということでかなり興奮したし、もっと観たかったなぁ…という気持ちでいっぱいです。残り2日間ですが、無事にどうか16日の千秋楽まで駆け抜けられることを祈りたいなと思います。

とは言え、このご時世でありながら松たか子さんを舞台で拝見できることが本当に幸せでした。しかもちょうど各所で公演が再開し出したタイミングでの上演ですし、観られることが奇跡だったと思います。ちょっとでも早かったらきっと公演は中止になっていたでしょうから。そういう意味でも、やはり伝染病を扱ったこの作品を観ることの意味は相当大きいなと思いました。

ということでざっくりではありますが、今回も簡単にレポしていきます!

総評

全体的な感想から。

キャスト:★★★★★
座席:★★★★★
全体:★★★★★

非常にコンパクトなお芝居でありながら、キャストそれぞれがしっかり個性を発揮していて濃度の高い舞台だなぁ…と改めて感じました。子供向けなのにやっぱりどこか大人向けで、面白いけど最後はホロっとくる結末という見せ方も含めて、演出面で痺れる部分が多かったです。

前回は誰が誰で…とかを把握するのにまず時間がかかりましたが、今回はすんなりとそれを受け入れることもできましたし、そういう意味でも余計なところに気を取られることなく物語に集中できました。とは言え、やはりまだ2回観ただけではスッキリしない部分もあって、あそこってそういう意味なのかな…とか色々と考察もしたいですし、この微妙にわだかまりの残る感じが逆にこの作品の良さだったりもするのかな…なんて感じて、そうなるとまた観たくなる…という永遠ループに陥りそうになります。とにかく凄く面白い舞台でした。

今回はセンターの若干下手寄りで、前回とはまたちょっとだけ見え方が違いましたが、前方席ではあったので表情をしっかりと堪能することもできて嬉しかったです。松さんのお芝居をこんな近くで観られたのは初めてでしたし、それも凄く嬉しかったし興奮しました。

客席もかなり盛り上がっていて、冒頭で「今日は来てくれてありがとう」という台詞を松さんが発したときに拍手が起こって、そういう部分でもなんかグッと来た部分があります。かなり笑いも起きましたし、やはり舞台って観客に委ねられるところもあって、こうした一体感が好きだなぁ…と感じられました。凄く良いMy楽になったと思います。大満足です!

キャストの感想

せっかくなので、ダンサーさんも含めて書ける人は書いていきたいと思います。

案内役・他:松たか子

今回もガッツリと松たか子さんを中心に観ていましたが、表情がコロコロ変わるし、お芝居の向き合い方も変わるし、本当に終始大活躍で凄いなぁ…と改めて感じました。ひたすら松さんのお芝居を堪能できて幸せです。

そういえば、稽古写真では結構髪の毛伸びてたのに短くなってたんですよね。切っちゃったのかな。個人的に『HERO』の雨宮舞子くらいの髪の長さの松さんが超絶好きなのでまた伸ばしてほしいなぁ…と思っているのですが果たしてどうなることやら。

それはさておき、案内役ということで自然体でステージに立ち続ける松さんはとにかく凄いし可愛かったです。犬のプティ役も務めるのでところどころ犬らしい仕草もするんですけど、全体的に松さん自身が小型犬のような愛嬌と可愛らしさを放っていて、もう溜め息が出るくらい可愛い…。それこそ『HERO』1期の雨宮みたいに、ぎゃんぎゃん吠えるしちょこまか動き回るしっていう小型犬らしい可愛さを彷彿とさせました。可愛すぎました…。特にハンバーガーを頬張るシーンなんか、誰よりも子供みたいに犬みたいにはしゃいでいたし、可愛すぎてハンバーガーの他にもポテトとナゲットもつけて食べさせてあげたかった。可愛すぎた…。あんな可愛すぎる43歳がいますか…可愛すぎるからうちで飼いたい…。

そして周りの俳優さんたちが大型犬や成犬のような力強い鳴き声をするだけに、松さんの高くてどこか頼りなさげな鳴き声はプティの小ささや立場的弱さを感じさせたし、松さんだけがこの舞台において別の存在(=他者とは違う意味を持つ人間)であることを提示しているようにも思えました。

松さんが案内役からマツダタケコ役へとバトンタッチしてからのお芝居がその意味をより光らせるんですけど、台詞の発し方や抑揚の付け方にしても、しっかり1つ1つの台詞に意味を持って台本と向き合っている印象を抱きました。絶妙なんですよね、その感情の入れ方が。あからさまに感情を入れましたみたいな台詞の発し方ではないから、聞く人が聞くと単調に聞こえてしまうかもしれないんだけど、非常に演劇的で凄く心に響く発し方だなって個人的に思っています。だから、ラストの「おいで、チコ!」とテリヤさんに向かって言う台詞も凄く力強くて、タケコのチコへの30年分の想いが込められた言葉であるという説得力が感じられて、ほんとね上手く言えないんだけど、やっぱり役者としての表現力が飛び抜けて高いなって感じさせられました。

そしてチコを抱き締めたときに背中をぽんぽんする手の仕草とか、本当に優しさで溢れていて、それこそ松さん自身の愛犬家という部分が顔を出していたように感じます。私生活での体験が実際にお芝居に活きていて、今回のお話は特に松さんにとっても色々な想いを込めながらお芝居と向き合ったのかなぁ…なんて思いました。本当にお芝居における説得力が凄かったです。

一方で、時々変な動きをして松さんの鈍くさい一面が観られたのも面白かったです。たとえば学校のシーンで椅子を持って走ってくるときの足の上げ方だったり、先述したハンバーガーでのはしゃぎっぷりだったり。私も運動音痴なので凄く自分に近しいものを感じたし、鈍くせえ…って思っちゃって愛しさが込み上げました(笑)本当に不思議な人です(笑)

だけど走るのは結構速くて、そういえば以前どこかの番組で「逃げ足は速い」って言っていたのを思い出しました。イヌビトから逃げ回るときもカテコで捌けるときも全力疾走するんですけど、凄く速くてビックリします。節々から感じられた鈍くささはどこへ行ったってくらいのギャップがあって、それもまた松さんの可愛さに結びついて、結局終始「可愛い」しか言葉が出てきませんでした…。可愛かった。

とまあ松さん自身の可愛さや愛しさという部分を大きく感じられた今回の観劇となりましたが、当然役者としての凄さも実感させられました。エネルギッシュだし自然にそこに溶け込んでいるし、本当に松さんから学ぶことが多かったです。こうしてたっぷりとお芝居も歌も踊りも表情も堪能できて最高に幸せでした!やっぱり松たか子さんは天才です。

タナカ:首藤康之

首藤さんマジでイヌビトになってからのダンスがしなやかで美しすぎて目を引かれます。前回も書いたけど、そのしなやかさゆえに犬よりも猫っぽい(笑)演技力も求められる役どころなのでなかなか難しいとは思いますが、もっと首藤さんのダンスが観たかったなぁ…と思わされました。

そしてタナカの真面目でちょっと気弱な感じが首藤さんの佇まいから感じられて、これは多分ツマコに押されまくって結婚したのかなぁ…と思うくらいに気弱そうでした。タナカとツマコの恋愛模様がまったく想像できないくらいチグハグで、首藤さんってこういう役どころ凄く似合うよなぁ…と思いました(笑)でも自ら噛まれに行くシーンでは凄く男らしさが感じられたし、普段の気弱そうな一面とのギャップがあってかっこよかったです。あと、パンフに書いてある「自然を愛するタナカ」の「自然を愛する」って何ってなりました(笑)確かに自然を愛してはいそうだけど(笑)

そういう意味でも首藤さんって凄く不思議な雰囲気の方で、気弱そうな趣があるだけにダークなお芝居をさせると凄く映えるなと思いました。ツマコとの掛け合いも面白かったです。

ツマコ:島地保武

今作において一番インパクトがある配役だったと思います(笑)タナカの妻のツマコ役に女性ではなく大柄の男性を持ってくるところが長塚圭史さんらしいなと思いましたし、そのおかげでツマコがイキイキとしていましたし、ドンピシャだったんじゃないかな…(笑)

「可愛らしい女性」と冒頭で松さんから紹介を受けるのですが、まあ初見はどう見ても可愛らしさが感じられるはずないのに、観ていくとどんどんツマコが可愛く見えてくる魔法にもかかってきます。男性が演じる女性って過剰なまでに女性性を出してくるので、そこも相まってより女性らしさが身について可愛く見えてくるのかもしれません。しかし一方で吠え付いたり学校のシーンで凄く低い声を出したりと男性らしい一面も見せてくるので、そのギャップで笑いを起こしていたのはさすがでした。

個人的には、ツマコがイヌビトに変わっていくシーンでの体の動きに凄く魅せられました。しなやかに、かつダイナミックにあの大柄の身体を動かしていて、犬というよりもオオカミに近い迫力はありましたが、確かに犬らしい動きで、その身体能力の高さに驚かされました。多分一番美味しい役どころでもあったと思います。島地さんのお芝居云々というより、島地さんそのものの佇まいが最大の武器となって、本当にこの作品で良いアクセントを利かせていたんじゃないかしら(笑)

カナタ:西山友貴

女性が演じる少年役って独特の可愛らしさと柔らかさがあってとても好きです。無口な性格なのであまり喋りませんけど、その寡黙さゆえに佇まいでの少年らしさが求められる役どころでもあるので、実は結構難しかったんじゃないかなと感じました。

常にプティを腕に抱きながら動かしていて、その細かい動作も観ていて本当に犬が動いているみたいで素晴らしかったです。また、カナタも最終的にイヌビトになってしまいますが、犬用ケージを持ったままダンスをしていてこれも大変だろうなぁ…って思いました(笑)そのハンデを背負いながらも他に劣らないダイナミックなダンスを披露していて、身体能力の高さを見せつけていました。

ちなみにカナタを観ていて疑問が残っているのですが、引っ越してきてすぐのときにどこからともなく犬の遠吠えが聞こえ出したときにカナタが突然泣き出すんですけど、この意味って何なんだろう…。このときはまだカナタはイヌビトになっていないはずですし、単純に怖かったからなのか、それともタケコと同じように犬を愛しているからこそ何かを感じ取っていたのか…そこの意図をもし理解した方がいたら教えてほしいです(笑)

ヤモリ:大久保祥太郎

勝手に森久保祥太郎さんだと思ってたけど、大久保さんじゃん!森久保祥太郎さんは声優さんでした(笑)ややこしい(笑)

ヤモリという出番としてはほんのわずかの役どころなのですが、かなりインパクトの残るお芝居をされていました。「はい…」という気の抜けた返事をする不動産屋さんの役で、真面目そうな一面とどこか気の抜けた一面とのギャップの生み出し方も自然でしたし、何より演技力が高い!台詞も聞き取りやすいし、発声の抑揚もあってすんなりと台詞が頭の中に入ってきました。さすが幼少期から『レ・ミゼラブル』で活躍していた俳優さんなだけあります。

そして何より凄いのが、イヌビトに豹変するときのお芝居。だんだん人間からイヌビトへと変わっていく様子が、唸ったり遠吠えをしたり発作を起こしたりすることで表現されるんですけど、遠吠えがマジで上手い(笑)リアルに犬かと思うくらい上手で、相当研究されたのかなと思いました。出番は短いながらにキャラクターの濃さとイヌビトに豹変したときのお芝居が凄くハイクオリティで、凄く印象深い俳優さんの1人でした。

テリヤ:岩渕貞太

今作で実は一番の秘密を抱えていたキャラクターで、まさかダンサーさんがそんな大役を務めるとは…と驚きでした。そして岩渕貞太さんは、私の妹の大学の先生だそうです(笑)なので妹にもこの前『イヌビト』のチケットを譲って観劇してきてもらったんですけど、「貞太さん可愛かった」って言ってました(笑)大学の先生があんな美味しい役どころやってるんだから凄いよねぇ…。大学がまた始まったら、妹に公演時の様子とか裏話とかを岩渕さんに聞いてきてもらおうかと思います。

そんなわけで妹から岩渕さんの話を色々と聞いていたので、今回観ていて「確かに」って思うシーンはたくさんあったんですけど、まず雰囲気が凄く不思議な方ですよね。寡黙なのもあるけどどこか不気味で、何を考えているのか分からない。そのミステリアスな佇まいが最終的に大きな秘密を解き明かすカギへと繋がっていくわけですが、本当に独特な雰囲気の方だなぁ…と思いました。大学の授業もかなり独特らしいので、納得です(笑)

テリヤさんも結局はイヌビトだったのですが、そのときのコンテンポラリーな動きはしなやかで軽やかなのにダイナミックで力強さを感じさせて、アンバランスでありながら目を惹きつけられるダンスに心を掴まれました。同時にタケコに向かって唸る姿も、ただの犬ではなくてしっかりと狂った犬らしい吠え方で説得力がありました。凄くリアルな狂犬っぽさがあって、やっぱり相当研究したのかなと思います。加えて、「待て」や「良し」という言葉に反応してしまう犬らしさ、おもちゃを投げられてそれを思わず取りに行ってしまう犬らしさ、あらゆる面での犬らしい動きも凄く上手でありながら、人間の部分が残った葛藤の表現の仕方も繊細で、この大役をダンサーさんにやらせたというのは凄く意味のあることだったんだなと感じさせられました。非常に息を呑む緊張感がある中であれだけの犬らしさを動きで表現した岩渕さんもまた、凄く印象に残ったダンサーさんの1人です。

サルキ:近藤良平

前回は全然近藤さんを見つけられなかったけど、今回観てみたら冒頭からちゃんといたんですね。しかも喋ってるじゃん!となって、驚きの連続でした(笑)

やっぱり近藤さんの喋り方、凄くクセあって好きです…。爽やかとは違うんだけど、なんか聞いていて耳に残る喋り方でゾクゾクしちゃいます。普段からああいう喋り方をしているのか、それとも舞台仕様なのか…気になるところです。

そして今回も古代犬・サルーキとして覚醒してからのダンスに魅せられました。全身を大きく使った力強いダンスで周りを威嚇しつつ、圧倒的な貫禄で見せつける強さの説得力。近藤さんのダンス力が最大限に活かされていて、それまでがやや高貴でお淑やかな印象のサルキさんを演じていただけに、ギャップが相当生み出せていたと思います。本当にかっこいい。

また、サルキさんに関しても不明点があるのですが…、同じくイヌビトとなったサルキさんが他のイヌビトたちに攻撃されまくって瀕死の状態になっちゃうんですけど、意識が戻ったときには人に戻っているんですよね。それがどうしてだろう…と思って。イヌビトたちがタケコに迫っているときにサルキさんも一緒になって這いつくばりながらイヌビトたちから遠ざかるんですけど、どうしてサルキさんは人に戻れたのかが疑問として残ったまま解決しなくて、ちょっともやっとしています。周りに攻撃されて意識を失ったことで、人間に戻ったっていうだけなのかな?もしこれもこんなんじゃないかな、という答えを導き出している人がいたら教えてほしいです(笑)

ジョシュモト:長塚圭史

今回こそは長塚圭史に絶対屈しないぞ!という強靭の構えで観劇したんですけど、見事に屈しました…。やっぱり圭史さん面白すぎて笑わざるを得なかったです。

自然体で無理のないお芝居をしているだけに圭史さんの良さがバンバン発揮されていて、笑いを取るのも上手すぎました。ちょっと気弱で女の尻に敷かれるタイプの男性で、ダメそうに見えてでもどこか憎めない…そういう母性をくすぐるような役どころを演じるのが凄く上手いです。多分、あのままイヌビトにならずに済んでいたらタケコもいつしか振り向いてくれたんじゃないでしょうか…。

そして、ジョシュモトがイヌビトに襲われてイヌビトになって吠えるときの吠え方もなんか面白くてずるかったです(笑)なんていうか、圭史さんってどこか他の人とずれてるんですよね。それが滑稽にも思えるからこそ、面白さが出るのかもしれません。自虐的な要素でお芝居に笑いを生み出すのがまた圭史さんらしくて、やっぱり今回も長塚圭史には勝てませんでした…(笑)

観劇の感想・考察

気になったポイントを書いていきます。

愛の話であるということ

松さんが冒頭に「愛の話をします」と言って、歌い出します。そうして物語が幕を開けるのですが、物語が進んでいくにつれて今観ているものが「愛の話」ということを忘れていってしまいそうになるんです。なぜか、それは「愛」という言葉がほとんど強調されないまま人間VSイヌビトの闘いが繰り広げられていくからでした。

しかし最後に、タケコが対峙したイヌビトのテリヤさんを、自分が30年前に飼っていた犬・チコだと気付いて何度も呼びかけて、人とイヌビトが手を取り合う…という結末を迎えます。ここで初めて、この作品が「愛の話」であることに気付かされました。ではこの「愛」ってこの作品において、どのようにして提示されるのかを考えてみるとそれはたった1つだけ。「忘れない」ということです。

作中、「噛まれるとビックリして忘れちゃうらしいんです」「犬、あるいはウイルスが30年前のことを覚えている」というように「忘れる」「覚えている」といった言葉が頻発します。パンフのインタビューでも長塚圭史さんが答えていましたが、「人間は忘れる生き物である」ということを描きたかったそうです。これが、この作品において未来を救うカギとして重要な意味を持っているんだと感じました。

30年前に狂犬病が流行り、人々が犬を捨て、保健所でたくさんの犬が殺されたという過去の話がされます。しかしワクチンができると人間はまた犬を飼い出し、そして今またイヌビト病が発生した。人々が狂犬病を、そして自分たちが犬に対して何をしてきたのかを忘れてしまったことを皮肉的に描いています。そういった人間たちの過ちを、「犬あるいはウイルスが覚えている」とタケコが言うんですけど、ここでそれを聞いたジョシュモトは「30年も前のことを?!」と驚くんですよね。それに対してタケコは「たった、30年よ」と言います。これが、「忘れた」人間と「覚えている」人間の違いの提示でしょう。

地震にしろ台風にしろ、被害に遭った当事者はいつまでもそのことを忘れませんが、被害に遭わなかった人たちはいつしかそのことを忘れてしまいます。同じように、タケコも30年前チコを手放したくない気持ちでいっぱいだったのに父に引き渡してしまって、その悔しさから害虫駆除の専門家になりました。今のタケコは、30年前の狂犬病の騒ぎからしっかり失敗を学んだ人間です。だからこそ、最後までイヌビト病にかからなかったのかもしれません。テリヤさんも最終的にはイヌビトになってはしまいますが、「テリヤさんといると噛まれないから」の真意もこれと同じく、テリヤさん=チコが30年前のことを忘れていなかったからなのかなと深読みしています…(笑)それを一瞬でも忘れてしまった隙をつかれて、イヌビトになったのかもしれませんけど。

それこそ、タケコとテリヤさんが初めて顔を合わせたシーンで、テリヤさんが立ち去るときにじーっとタケコの顔を見つめるんですよね。それも伏線だったんだなと思うと結構衝撃を受けました。テリヤさんはしっかりタケコのことを覚えていて、といってもテリヤさん自身がチコそのものであるというよりは、チコの記憶なのか精神なのかウイルスなのかがテリヤさんに引き継がれた…というほうが正しいのかな。だから誰だか分からないけど懐かしさを感じる人、みたいな感じでタケコを見ていたのかもしれません。

そうしてお互いがお互いの記憶をしっかり覚えていたからこそ、最後に「おいで、チコ!」と呼びかけたタケコにチコが近付いていって襲うこともなく恐る恐る触れることができたのかなと思います。外見も変わってしまったし、真っ黒だった瞳は真っ赤に血走っていて、自分に牙を向けて何度も力強く吠えてくるけど、それでもタケコはチコだと分かったのだからこれは「愛の話」以外の何物でもないな…と。30年前チコを救えなかった悔しさをバネに今まで生きてきて、その想いが今度こそ報われるときが来て。そうした想いの中で発する「おいで、チコ!」は凄く力強さを感じましたし、そこにタケコの30年分の想いが凝縮されていたし、松さんの芝居力が凄く輝いていた場面でもありました。

犬は、イヌビトたちは、人間に忘れないでいてほしかったのかもしれませんね。そうした悔しさや恨みの中から生まれた病気なのかなと思うと、「人間は忘れる生き物である」という不変の事実から絶対に目を逸らせてはいけないなと感じました。この作品で伝えたい最大のテーマを、飼い主と飼い犬の愛の話から凄く感じさせられました。ただの伝染病の話じゃなくて、人間の特徴とか過ちとか色んな醜さを描いた作品でもあったんだなぁ…と鳥肌が立ちました。考えれば考えるほど凄く面白かったです。

まとめ

前回の『かがみのかなたはたなかのなかに』もそうでしたが、凄くシンプルなように見えて人間の奥底に眠る闇の部分をしっかり描いたダークな作品だなぁ…と思い、圭史さんの演出の素晴らしさに度肝を抜かれました。

このご時世に観るからこそ感じることが本当にたくさんあって、悲しいかな現実の世界でも過去から学ばない人たちがいてそれによって悲しい事件が毎日のように起こっています。私も忘れっぽい人間なので、「言われてみればそんなことあったね」と思うことがよくあるんですけど、やっぱり決して忘れてはいけないことって絶対にあるんだなと思いましたし、気付かされました。

子供向けでありながら侮れないテーマ性の深さに衝撃を受けましたし、せめてあと1回でいいからもう一度見返したかったです。どうかテレビで放送されることを祈りたいなぁ…と思いました。

そんなわけで、この作品も松たか子さんが出ていなかったらきっと観ていなかったであろう公演だっただけに、こうしてご縁があって観ることができて幸せでした。本当に凄く素敵な作品に出会えました。何度も咀嚼しながら、改めて私も「人間」という生き物と向き合いたいと思います。

何より、松さんをたっぷり堪能できて本当に嬉しかったです。次回の舞台出演はまだ決まっていないと思うので、次いつ観られるかまったく分からない状況でもありますし、こうしてお芝居を観られて良かったです。次回も必ず松さんの舞台を観に行きたいと思います!

かなり長くなりましたが閲覧ありがとうございました!

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